夜の涼しさ
涼しい夜だ。
湿気があまりないから涼しい。
部屋の気温は28度。涼しい。
網戸からの涼しい風。
日中は33度だったな。
ダルかったな。
先日、私は布教誌を配布に行った。
午後1時半から3時まで、誰に強要されるのでもなく、自発的に自分で勝手にやっている。
懸念されるのは熱中症だが、それでもかまわない。
自殺するつもりはないが、それでも、知らせなければならないと言う思いが、行動の理由ではある。
バカに見えるだろうな、宗教の活動は。
可哀想な奴と思うだろうな。
でも、知らないでいるのならば、私には
知らせる義務がある。
それが宗教。
いや、宗教と言うのではなく、事実。
これは、私の経験からの行動だから。
コンビニで車を置かせてもらう。
店長に了解を得て。
こんな私でも…やはり…
躊躇する…
私の中では事実であり真実であるが、
自由の中で生きる人達には迷惑行為になるのではないかと。
だから、行動する前には気持ちは重い。
行こうか…止めようか…
でも、必ずこの教えを必要とする人がいるはずだと。
99.9%は拒否するだろうが0.01以下の誰かを
探して。
ほぼ100%で空振りするだろうが…
必ずいつか役にたつことを期待しているから。
愚か者と言われようが、バカだと言われようが、神との、そして天使との約束は守らなければならない。
ジャンヌダルクだって
イエス・キリストだって釈尊だって、
または多くの哲学者だって真実を知ったからこそ命をかけたはず。
イエスや釈尊が信じたものをどうして私が否定できる…
ソクラテスが信じたものをどうして私が否定できる…
否定するほうが狂っていると思う。
でも現代人はそんな事を否定や肯定すると言う事、それ以前の問題となっているような
時代に生きているように思える。
でも、いつの時代もそうだと言われてはいるのだが。
直射日光の暑さは半端なく、自分の役割を終えて家に戻り、その後3日間ダルさと頭痛で
ダウンした。
釈尊の言葉を伝える事がイエスの思いを伝える事が仕事だから。
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